【補足】世界の始まり

「0から1が生まれた」という前提そのものが誤り

「無からどうやって有が生まれたのか」
「0からどうやって1が生まれたのか」

この問いは、一見もっともらしく見えるが、
始まりを「無」「0」と仮定した瞬間に、すでに世界観が固定されている。

そこには暗黙の前提がある。

「すべては欠けた状態から始まり、
獲得し、成長し、成熟していく」

という信念。

未熟 → 成熟
不足 → 充足
0 → 1

この構造そのものが、
自我の世界観であり、
善悪の思考である。

真我の視点では「始まり」は存在しない

ところが、真我から見ると話はまったく違う。

そこでは、

「在る」
それで全て

であり、

最初から「1」だった

という理解になる。

ここでいう「1」とは、

数としての1ではない。

  • 何かと比べられる1ではない
  • 0と対になる1ではない

それは、

  • 真我
  • 在ること
  • これ

名前をつける前の完全性そのもの

0を前提にする世界=善悪の世界

0を前提にした瞬間、世界は必ず分裂する。

  • 有 / 無
  • 善 / 悪
  • 生 / 死
  • 正しい / 間違い
  • 得た / 失った

これは不可避だ。

なぜなら、
0を前提にするとは「欠け」を前提にすることだから。

欠けがある世界では、

  • 評価が生まれ
  • 比較が生まれ
  • 恐れが生まれ
  • 物語が生まれる

この世界は、

神が作った世界ではない。
思考が作った世界である。

1を前提にする世界=愛そのもの

一方で、

「1を前提にする」というのは、こういう世界だ。

  • 欠けていない
  • 分かれていない
  • 始まっていない
  • 終わっていない

そこには、

  • 獲得も
  • 進歩も
  • 成長も
  • 救済も

必要ない。

なぜなら、

最初から完成しているから。

この世界では、

  • 善も悪もなく
  • 高低もなく
  • 成功も失敗もなく

ただ、

愛が、愛として在っている

それだけ。

0を前提にした世界

0から
宇宙が生まれ、
大地が生まれ、
太陽が生まれ、
空気が生まれ、
空が生まれ、
人間が生まれる。

それぞれは別々に存在し、
境界を持ち、
距離を持ち、
役割を持ち、
優劣と因果を持つ。

ここでは
誕生があり、
成長があり、
獲得があり、
喪失があり、
やがて死が訪れる。

分離が前提の世界。
善悪が成立する世界。
思考が世界を作る地点。

1を前提にした世界

1として
宇宙が在り、
大地が在り、
太陽が在り、
空気が在り、
空が在り、
人間が在る。

生まれていない。
分かれていない。
始まっていない。
終わっていない。

宇宙も
大地も
太陽も
空気も
空も
人間も

ただ同じ一つの在り方が
異なる形として現れているだけ

ここには
誕生もなく、
死もなく、
欠けもなく、
完成もない。

ただ
愛が、愛として在っている

すべては「どちらを前提にするか」だけ

結局のところ、

  • 0を前提にすれば、世界は分裂し、
  • 1を前提にすれば、世界は溶ける。

世界が変わるのではない。
前提が変わるだけ。

そしてその前提を切り替えられるのは、
思考ではなく、
気づきだけ

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